初めてフィッシュマンズを聞いたときのことを覚えている。
確か2010年の1月19日くらいのことで、大学で院生の先輩の卒業設計の模型を手伝っていた。友人が持ち込んだipodが窓際に置かれて、ゼミ室のスピーカーから音楽が流れていた。 友人数人と一緒に手伝いながら、話したり話さなかったりする冬の夜。窓の外は真っ暗で、晩御飯まであと数時間あって、早くご飯食べたいなあなんて思っていた。
冬の夜にするっとなじむような音楽が流れて、思わず私は手を止めて聞き入った。
「この曲誰の曲?」私は尋ねた。
「えっと、フィッシュマンズのいかれたbaby」
「へえ、いいやん」
「でもこの人もう死んでるよ」

やさしくてきれいなものを積層したミルフィーユみたいな甘い音と、友人の「もう死んでるよ」という言葉のコントラストが強くて、いまも覚えている。
こんなやさしい曲を書いた人がもういないのか、と思った。

無人島に一曲だけ音楽を持っていけるなら

初めて聞いた時から、いつか聞いたことがあるような懐かしさがあった。
実際に彼らが活動していたのは1988年のデビューからボーカルの佐藤伸治がなくなる1999年までの約10年間だったので、幼い頃に耳にしていた可能性はある。実際深夜ドラマの主題歌だったものもあるらしい。保育園に入園するまで親の生活に合わせて昼夜逆転生活をしていたので、実際に耳にしていた可能性はある。 それにしても、どの曲を聞いてもどこか懐かしかった。

それは10年経った今でも懐かしい。
何度でも帰りたくなる思い出みたいな音楽だった。
人は新しい音楽を求めてあれこれと聞くものだと思うけれど、SpotifyやApple Musicで新しい曲を聞いていいなと思ったり思わなかったりして過ごし、そして唐突に思うのだ。「あ、フィッシュマンズ聞きたい」と。
そういう時に決まって聞きたくなるのは『ひこうき』で、例えば就活で往復8時間くらいの旅に出た帰り道にもそばに寄り添ってくれた。

私はもし、無人島にたった一曲だけ音楽を持っていけるなら、『ひこうき』を持っていきたいなと思う。 これは何度も考えている事柄だ。
『baby blue』だと晴れた昼間にも暑苦しい夏の昼下がりでも夕暮れでも春の朝でもいつでも似合うけれど、鬱々とした気持ちや虚無の気持ちにもぴったり寄り添って、その気持ちを増長してしまうところがある。そこが怖いのだ。うっかり死んでしまいそうで。
『いかれたbaby』もいいけれど、似合わない時間帯や気持ちがあると思う。でもとびきり優しい。
『頼りない天使』もいい。でもやっぱり、これは世界の終わりにふたりきり、みたいな音楽だから、一人きりで無人島で一生誰にも会わずに生きていかなければならない時に聞いたら、立ち直れないような気がする。 総合的に考えて、ひこうきがいい。
それも、デビューアルバム『Chappie,Don’t Cry』に入ってるものがいい。
最後のライブの『男たちの別れ』では胸が詰まってしまう。終わっていった事柄について、ある一点から分かれていった男たちについて考えて悲しくなってしまう。これから始まっていくぬるい幸福感みたいなものに包まれていたい。

騙されたと思って聴いてみてほしい。フィッシュマンズの『ひこうき』を。

(※私の想定する無人島生活は、年中温暖で夕方にはスコールが降り海の魚や木の実を拾って食べ物にはそれほど困らず、危険な猛獣はいなくて洞窟のような場所で寝食には困らないけれど、完全に文明から切り離されて一生涯助けは来ない。そこで一人で死ぬまで暮らすというイメージです。)

汚部屋について思う時、退屈とフィッシュマンズを思い出す

もし自分が就職してから昨年まで、あのドドドドドド田舎に7年過ごすという恐ろしく退屈な日々がなければ、あるいはこんなにフィッシュマンズが自分に染み込んでいくことはなかったのかもしれない。
ミニマリストという考えを知る1年前、2013年の夏、私は本当に無気力だった。
あのころが一番ものに囲まれていて、部屋中捨てられないものだらけだった。そもそも捨てるという概念がなかったっけ。
日に日にやる気を失っていって、夏の昼間に二階の和室に横になって、扇風機にあたりながらただ『Chappie,Don’t Cry』を聞いていた。
退屈だけがそこにあった。退屈ってこういうことを言うのだと知った。
退屈、みんなこの言葉の意味を知っていますか?私はあの年の夏、退屈というものを初めて体感した。
やりたいこともない。やりたいことを見つけるだけの気力がない。思いついても動き出せない。家事もできない。家事ができないから出かけられない。何もできない。和室で横になって目を開けたり閉じたりするしかできない。
1年の休日が110日くらいあったけど、そのうち100日くらいはそんな風に過ごしたんじゃないだろうか。
何もしようと思えなかった。退屈だけがあった。
退屈、それによく合ったのだ、フィッシュマンズの音楽は。
フィッシュマンズは退屈な時に退屈なムードを一ミリも壊さないままに調和してた。

次の休みもその次の休みも、どこにも行けずにただ横たわって音楽を聴いていた。 そして、フィッシュマンズ全書や彼と魚のブルースなんかを隅から隅まで読み漁った。宇宙日本世田谷辞典も読んだ。

汚部屋について思う時、退屈とフィッシュマンズをセットで思い出すのだ。

何気なくつぶやいた通りに、人生をなぞっていってしまうんじゃないか

ところで人はつぶやいたことや書いたことに人生が引っ張られるんじゃないかと思っている。
確か昔何気なくつけていたテレビで見た、稲川淳二のお話。自分はどうやって死ぬか話し合っている時に、病気で死ぬ気がすると言った人はその通りに死に、交通事故で死ぬんじゃないかと言った人はその通りに死んだ、というような話だったと記憶している。
人って何気なく意識した通りになぞっていくものなのかなと思った。

サトちゃんは『Just Thing』みたいな曲を書いたから、その通りに生きてしまったんじゃないかなぁと思う。

くたばる前にそっと消えようね
あきあきする前に帰ろうね

出典 佐藤伸治『Just Thing』

私は楽しい飲み会の一次会でいつもこの曲のことを思う。
大抵二次会三次会に参加すると「ああ、参加しなきゃよかった。楽しいうちに帰ればよかった」と思う。どんなに楽しくても、だらだら居続けるべきではないのだ。飽き飽きする前にさっと帰るのが一番。飲むとこの曲を思い出す。
けれど、サトちゃんは本当にくたばる前にそっと消えてしまった気がして。

残された人のことを考えると、バームクーヘンエンドの物語を読んだ時みたいに、心臓がきゅっと絞られるように痛む。

一生この人についていこう。一生フィッシュマンズとしてやっていこう。
そう思って希望に頬をほころばせた青年が、どんな思いであれから20年生きただろうかと思うと、胸が痛くて、心臓の後ろにある背中が痛くなってくる。
サトちゃん、そりゃくたばる前にそっと、きっと風邪をひいて逝ってしまったけれど、残された人は死ぬまで一生生きなければならないよ。

このツイート読んで泣いてしまった。

祈るように便器を磨くことについて

一番好きなバンドの新譜が二度と出ないことについて思う。
(リミックスや再度編まれたCDは出るけれど、それもめちゃくちゃ嬉しいけれど、でも本当の意味で新しい音楽は生まれない。二度と。)

それでも、一生好きな音楽に出会えた幸福を思う。
新譜が出ることはないけれど、サトちゃんの肉声をのせたライブに行ける日は今後一生来ないけれど、それでも一番好きなものに出会えて、本当に幸福だと思う。
そして今もこうしてライブで生音の中に身を放り投げられる。
この幸福ができるだけ長く続きますように、と願う。

トイレ掃除をする時、推しのことを思う。
自分ではどうしようもない範疇のことについて祈る時、人は徳を積むしかない。多分。
例えば愛するスケーターの健康について祈る時。ジェイソン・ブラウンが健康でありますように。風邪もインフルエンザにもかかることなく試合に臨めますように。
欣ちゃんが、柏原譲が、メンバーみんなが長く健康に生きますように。 フィッシュマンズがどうかできるだけ長く幸福に続いていきますように。
そんなことを願いながらトイレの便器を磨く。
自分の影響が全く及ばない場所に祈るとき、できることは徳を積むことくらいしかないのだ。

2016年のライブで、いかれたbabyが流れた時、左の後方頭上からサトちゃんの声が聞こえた。録音が流れたのだ。
あの時、天使みたいなものの動きを感知した。
鳥肌が立って、後方から風が吹いたみたいに感じて、いまこのライブ会場の天井のあたりにきっとサトちゃんはいるんだろうなと思った。
たぶんそういうものなんだろう。

今日のライブもそうだろうか。多分、大気にとけてごく自然にいるのだと思う。
全身全霊で聴きたいと思う。
何もかも吸い込めますように。何度も頭の中で再生できますように。一生の間に今日聞く音楽を何度も大事に取り出して思い出せますように。 そんな風に聴けますように。
そう祈りながら、願掛けみたいにトイレ掃除をするのだ。


おわり。



全人類フィッシュマンズ聴いてください。
↓無人島に持っていく曲

 

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飲み会で居残りたい気持ちが湧いたら戒めに聴いてください『Just Thing』
(別に戒めなくてもいいんだけど)


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