ララランドよかった、本当にいい映画だった。
うつくしいものに出会う度に繰り返し言うけれど、
ああ、こういうものを見るために生きている、って思う。
こういうものに出会うために、立ち会うために、生きてる。
だから今日、こんなにうつくしい映画を観られてとても嬉しかった。
他を忘れてしまうほどに何かに夢中になれる、それは奇跡みたいなことだ。
この一瞬の情熱を、子供になったつもりで味わい尽くしたらいいのだと思う。
大人ぶっても、あっという間に80年くらい時が過ぎて死んでしまうんだから。
諸行無常だ。全ては通り過ぎる。一瞬のこと。
その中のさらに一瞬、いま愛するものがあることがすごい。
それを愛しうる限り愛せばいいのだと思う。
だからララランドをもう一度映画館に観に行こう。何時間でも電車に揺られて。
ただただ心が揺さぶられたので、どんな角度でどんな風に揺さぶられたのかをそのまま書き残しておきたいと思って書いた感想文です。
以下、ネタバレあり。
- ララランドを見て、ああ生まれてきてよかったと思った。
- あらすじ
- 言葉を話すみたいに、ダンスができたら素敵なのになって思ってた。
- 大根役者って言葉、他人事じゃなさすぎて。
- 夢を追うことと、それぞれの人生の軌道について
- 美しい景色を見るために生きているんじゃないか?
- 帰り道で見かけた、一人ミュージカル。完璧な日曜日。
あらすじ
あらすじをざっくりまとめると、ロサンゼルスで女優を目指すミアと、ジャズピアニストの夢を追うセブが出会って恋に落ちる。
それぞれ夢を追いかけたり、現実と折り合いをつけようとしたり、諦めようとした末にやっぱり夢をあきらめずに生きて行く、それが故にそれぞれ別の道を行く、という話。
まず始まりから高揚感が凄まじかった。
冒頭のミュージカルシーン、最高だ。
LAの高速道路で渋滞に巻き込まれているすべての人に人生があって、夢があって、そう思うととてつもないよね。
これって現実世界でもそうなんだよ。
電車に乗って見える街並み、家々の明かり、その中に住むすべての人に人生があるってこれはなんてことなんだろう。
オープニングの歌詞が夢を追い求める人の話だったから、ああきっと夢を追い求めてかなわなかった人の話なんだなと思ってそれだけで涙が溢れてきてしまった。
夢を追うけれど叶わない話に弱いのだ。つらい。
そう、夢を追う話は他人事じゃない。もう完全に自分ごとだ。
一度でも何かを追いかけたことがある人なら、他人事としては見れないのではないか?と思った。
言葉を話すみたいに、ダンスができたら素敵なのになって思ってた。
ミュージカルって突然歌い出したり踊りだして違和感がある、鳥肌立つから見られないんじゃないかって思ってた。
それが覆された。
もっともっと彼らの踊りを見ていたいと思ったし、ああ踊れる人って素敵だなと思った。
ごくごく自然に、この映画のミュージカルシーンをごく自然に受け入れられたのは、
普段から家で夫と気分が良くなると「踊ろうか?」って言って畳の上で踊りだすからかも、と思った。
踊りの語彙が少ないから、手と手を取り合ってどちらかがターンして、畳の上をくるくる回るだけなのだけれど。
ああ、もっと踊りの文脈がわかれば気持ちに合わせていろんなダンスがしたいのにな!
自分も踊れたらなぁ。
気持ちを、言葉と同じくらい気軽に踊りというツールで表現できたらきっと楽しいのに、今回の人生では叶わないのかな?なんてことを思った。
ドレスの裾をフリフリ、勝気な女のダンス。
夕暮れの桟橋で、ぷりっとした体型の黒人の素敵な夫婦がゆらゆらと踊るシーン、とても素敵だった。
ああ、忘れたくないなって目をかっぴらいて焼き付けた。あとで絵に描こう。
公園で靴を履き替えてタップダンス。
体を鳥みたいに寄せ合って決めポーズ!
素敵だったね。
空にも昇る気持ちの天文台も素敵だ。
(ちょうど、上野の科学館であの一定の方向で自転によって揺れる展示物を見たよ。タイムリーだ。)
大根役者って言葉、他人事じゃなさすぎて。
ミアの一人芝居、お友達らしき人しかいなくて、終えた後に大根役者という声が聞こえる。
ああ、あれは自分だ。
私はお芝居はしないけれど、何かを自分の名前のもとに作って人様に差し出したことがある人にとって、あれはそのまま自分ごとだ。
たった一度、殻を破って頑張ってみて叩きのめされる。そうだね、もう何もかもやめたくなる。
恥ずかしい、虚しい、才能のなさに気付かされる気付きたくなかった、悲しい、苦しい、もう解放されたい。
あるものに焦がれているのに、圧倒的に才能が足りないことの突き放され感。無力感。
あのシーンから涙腺は壊れっぱなしでラストシーンまで向かっていく。
ミアは歌う。
もう一度セーヌ川に飛びこもう。もう一度。
ああ、私も飛びこもうと思ったよ。
飛び込むのが嫌になる時は、この先も何回もあるだろう。その度に思い出そう。
夢を追うことと、それぞれの人生の軌道について
ラストシーンがうつくしくて、うつくしくて、涙が自分の鎖骨にポタポタ落ちて、うまく画面を見ていられなかった。
セブが夢だった自分の店を開いて、ジャズを演奏している。
そうだね、みんなの夢がみんなそれぞれの形で叶う世界がいいよ。
夢を叶えてあげる脚本は、なんて優しい世界を作ってあげるんだろうと思った。
夢をあきらめたくないし、みんな自分の夢を見続けてほしい、って願っているからこそ、みんなの夢を叶えてあげるラストになった。
セブの演奏、
あったかもしれない未来、
過去を全部やり直す想像の世界。
あったかもしれない、でも想像の中にしかない世界、もう絶対に手には入らない。
一生忘れないのは成就しなかった恋だ。
叶わなかったものはいつまでも美しいし、現実が満たされているとかそうでないとかは関係なく、それはもうどうしたってそうなんだと思う。
叶わなかったからこそ、その人とあったかもしれない未来について思いを馳せる。
夢の世界では、セブがミアに帯同してパリに行っていたみたいだけど、それに気づけないくらい感情が揺さぶられていて。
もう、冒頭のピアノを弾き終えて二人がキスするシーンから
「ああ、これはあったかもしれない未来のやり直しなんだ。」とわかった瞬間に涙がぶあっとこみ上げて、もう画面をほとんど判別できないくらい気持ちが高ぶって、まともに見られてなかった。
高速を降りて車から降りる。あのシーンを思い出すともう堪らない。
それでもやっぱり、惑星の軌道*1が一時期一致しただけのことだったんだ。
それぞれの人生の軌道が決まっていて、それがある時期だけ誰かと近い軌道を描くことがある。
ミアとセブはその一時を一緒に過ごした。
軌道がずれてそれぞれの道へ導かれて、一時つないだ鎖は切れて、それぞれの道へ進む。
惑星の軌道は一人一人が持っている。誰かのために変えられない。
だから、セブもミアも決して未練たらたらではないし、後悔もしていないと思う。
あったかもしれない未来に、成就しなかった愛について思いを馳せているだけ。
今回の人生、今のところは天職と夢に憧れて、
追いかけたい夢を探して28年が過ぎて、夢らしきものを追いかけて諦めては、まだ出会えないって焦ってる、そんな人生だけど。
多分過去の人生のいくつかには、夢を追いかけたことがあったんじゃないかな。(生まれ変わりってあると思ってる)
そんな、忘れているようで魂が覚えているような思い出があるんじゃないかな。
それがこの映画に共鳴するんじゃなかろうか、そんなことを思う。
心揺さぶられる作品に出会うと、いつもそんなことを思うよ。
美しい景色を見るために生きているんじゃないか?
最近思うこと。
多分自分は、美しい景色を見るために生きているんじゃないか?ということ。
それは美しい映画、漫画、アニメ、小説で見る情景、音楽を聴いて浮かぶ物語、美しいダンス、育てていた花が開いたことに気づくこと、旅先で見る初めての世界、誰かと心を通わせた時の心象風景、
みたいなものを全部ひっくるめて景色と呼ぶけど。
今日、こんなにうつくしい映画を観られて、生まれてきてよかったと思った。愛してる!
そしてもっと美しいものに立ち会いたいと思った。
私はこれまでにミュージカル映画に親しんだことがなかった。
中学の時に音楽の授業でサウンドオブミュージックを途中まで見たことがあるだけ。
つまりほとんど見たことがほとんどなかったから、オマージュシーンがさっぱりわからない。
でもとてもワクワクしたよ。
この作品がとても面白かったから、作中に出てきた映画を見てみようと思った。
それはとても楽しみなこと。
これからミュージカル映画の名作の扉を次々開いていくのだから。扉が開かれるのを待っていてくれる。なんて贅沢。
映画の最後の最後、エンドロールを見ながらふっとある考えが頭に降りてきた。
そうだ、プロジェクターを買おう。
それで、大音量でミュージカル映画を見よう。たくさん、見よう。
今日、こんなにこの映画に心を揺さぶられたのは、大きな画面で大きな音で見たために世界に没入できたからなんだ、多分。
大きな画面で見よう。
ミュージカル映画を見よう。
いろんな人のダンスと、歌と、音楽と、物語をもっと見たいよ。
帰り道で見かけた、一人ミュージカル。完璧な日曜日。
帰り道に金沢21世紀美術館沿いの歩道に女性の姿が見えた。
道で突如気持ちよさそうに歌い出して、くるりとターンした女性。
綺麗だった。
その女性が、何メートルか先を歩く友人に声をかける。
「私の一人ミュージカル、聞こえてたー?」
「聞こえてたよ!気持ちよさそうだったね!」友人の女性が応える。
「よかったでしょ?」
一人ミュージカルの女性が声を張り上げる。
そうだね、すごくよかった。
気持ちが高まったら道で突然歌い出したって踊りだしたっていいよな、って思った。
こんな美しい映画を見た夕暮れの帰り道に、とても素敵な場面に遭遇できて、完璧な日曜日だった。
サントラを聴いてLALALANDのシーンを思い出しながら帰った。
今最も見たい映画。LALALANDのチャゼル監督の前作『セッション』
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www.minimalistbiyori.com www.minimalistbiyori.com*1:人生は惑星の軌道のよう、というのは村上春樹の『スプートニクの恋人』でそのような表現があったはず。自分と誰かの人生の交わりついて考えるとき、こんなにも立ち返る言葉。もう一度あの本を読もうと思った。こうやって見たいものがどんどん現れていくから、美しいものを見るっていうのは素敵な行為だなと思う。
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